「秘境の學校 秘境秋山郷を訪ねる ~秋山郷の大地の履歴と人々の暮らし~」レポート

妻有日記投稿日:2013年10月17日

みなさんこんにちは。 秋山郷結東温泉かたくりの宿の渡邊です。

秋山郷結東温泉かたくりの宿では、10月5日(土)・6日(日)に、『秘境の學校 秘境秋山郷を訪ねる ~秋山郷の大地の履歴と人々の暮らし~』と題した秋山郷の歴史や暮らしを学ぶイベントを開催しました。その様子をご報告します。

最初のプログラムは結東集落の滝沢政則さんのガイドによる集落内散歩です。 政則さんは熊猟から除雪車の運転、米作り、そして蕎麦打ちまでされてきた方で、集落のことはなんでも知っています。

まずは宿のすぐ裏手にある『石垣田』へ。 『石垣田』とは結東集落にある石で組まれた棚田で、食糧の確保が難しかった明治時代、飢餓対策の為に集落の人達が力を合わせて作り上げた地域の大切な田んぼです。ちょうど稲刈りが始まったところで、稲は黄金色でとても美しい風景でした。



政則さんから、どのように集落の人達がこの石垣田と関わってきたかを教わりました。 重機もなかった時代、これだけの石を積み上げたことを思うと、驚きの気持ちしかわいてきません。

『石垣田』の後は、『見倉橋』へ。



こちらも結東集落内にある木製の吊り橋です。 カンヌ映画祭にも出品された『ゆれる』という映画の舞台になり、オダギリジョーさんや真木よう子さん、香川照之さんも渡った橋です。 参加者の皆さん、おっかなびっくり歩かれていました。本当にゆれて怖いんです! 下に流れる中津川がエメラルドグリーンでとてもきれいでした。

『見倉橋』の後はかたくりの宿での座学です。 講師は津南町の「農と縄文の体験実習館なじょもん」から、佐藤雅一学芸員にお越し頂きました。 数十万年前の火山の噴火によってこの地域の地層ができた話から、近年の民俗学的な話まで、壮大なスケールの話を聞くことができました。ここに住んでいる私たちでも初めて聞くような話ばかりで、まだまだ知らないことだらけだと痛感させられる内容でした。



特に、縄文時代から秋山郷には人が住んでいて、集落内でも土器が出土したという話には驚かされました。今回はその土器の写真も見る事が出来ました。 今でも冬になると、この豪雪で生活するのには大変な場所だと感じるこの地域ですが、暖房器具もない時代から人間が住み続けてきたということを想像すると、不思議でなりません。何故わざわざこの場所に住み着いたのだろうか……謎は深まるばかりです。

2日目は1日目の座学を基に、車に乗って秋山郷探訪です。ガイドは昨日に引き続き佐藤雅一学芸員です。 まずは結東集落の対岸にある見倉集落へ。 見倉集落は家が4軒しかない、秋山郷の中でも最も日本の原風景が残っている美しい集落です。 日本昔話の世界に迷い込んだような気分になります。



集落の皆さんはとても働き者で、集落が一つの庭園のようにきれいに整備されています。 いるだけで心が癒されてきます。

その後、上野原集落まで行き日本二百名山に選ばれている鳥甲山を眺めました。 鳥甲山は岩壁険しい、第二の谷川岳と呼ばれている秀峰です。



天気もとても良く、山頂は紅葉が進みとても美しい景色でした! 見ているだけで力をもらえる山です。

そして次は屋敷集落の布岩山へ。



この布岩は約九十万年前に噴火した鳥甲山の溶岩が冷えて固まり、六角形や八角形の柱状の割れ目になった『柱状節理』で出来た岩です。秋山郷の地質が太古の昔、火山活動によって作られたことが目に見てわかる、地球の息吹を感じられる場所です。 現在はクライミングスポットとしても有名で、クライマーが時々登られています。あんな所を登っていくなんて信じられません!

結東集落へ戻り、探訪終了。
プログラムの締めくくりは待ってましたの昼食です。かたくりの宿の前にある『久田里蕎麦』へ。



こちらは前日にガイドをして頂いた滝沢政則さんのお店です。 この地域ならではの、山ゴボウとふのりが蕎麦の繋ぎに使われています。 歯ごたえ抜群で、私たちも大好きなお蕎麦です。 付け合わせには春に採れた山菜を頂きました。

秋山郷を学び歩いた盛りだくさんの2日間でした。

ご参加頂いたみなさま、講師・ガイドの方々、本当にありがとうございました。 まだまだ私たちも知らないことばかりで、「もっと勉強しなくては!」と思わされるばかりの2日間でした。 今後も『秘境の學校』シリーズは続けていきたいと考えています。次回にご期待下さい。

秋山郷結東温泉かたくりの宿 渡邊泰成

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かたくりの宿 渡邊泰成

「秋山郷結東温泉かたくりの宿」管理人。秋山郷の豊かな自然に魅せられ、夫婦でこの地に移り住む。趣味は山登りと絵を描くこと。

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