Vol.5「その場に在ること」

北川フラム投稿日:2018年08月26日

 新作を訪ねながらも、時間の余裕があると、どうしても以前からの作品を見に行きたくなってしまう。それらは何回かの芸術祭を経てその地に残ってきたもので、レベルは高い。

 私は学生時代、仏像を見て歩いた。平安時代の作でいうと、たびたびの戦乱、支配者の交代、明治時代の廃仏毀釈などの大波から始まって、それぞれの村や集落での諍いを乗り越えて1000年もその地に在ったものだ。もちろん移動した場所で生き残ったものもある。

 それらは設立当時は新しい、分かりにくいものだったかもしれない。ありがたいものだと思われていた場合が多いかもしれない。

 妻有での作品の制作、その後の過程を見ていると、その場に在ることがいかに大変であるかが身に染みて分かってくる。わずか5年10年の時間ではあるが、今残っている作品には素晴らしいものが多いのだ。それらを訪ねながら新作を見るというのも感動的な旅になるだろう。特に妻有に初めての方は、旧作、あるいは新たに手を入れた作品に留意してほしいと思うのです。美術作品が社会的な場で展開する方向にある21世紀の名作として妻有の作品の多くが時代の波を乗り越える筈であるから。今回と次回の芸術祭で100近くの優作が揃えば、越後妻有「大地の芸術祭の里」は文字通り最高のフィールドミュージアムになるでしょう。

 今回の作品で是非と思うものを拾遺。津南は穴山集落の林舜龍の「国境を越えて・絆」。林のなかに人間の祈りとエネルギーが溢れています。


リン・シュンロン(林舜龍)「国境を越えて・絆」photo Osamu Nakamura

 旧織物工場と陰影と縦糸横糸のニュアンスが微妙に調和しているダミアン・オルテガ「ワープクラウド」。上郷クローブ座の芝居つきのおいしい料理。特に好評な枝豆の冷製スープが今は旬のかぼちゃに代わっています。


ダミアン・オルテガ「ワープクラウド」photo Keizo Kioku

 松之山は、森の学校キョロロのいつもながらのプログラムの充実が素晴らしい。橋本典久、新野洋、原田要、本濃研太による動植物の企画展も面白い。ボルタンスキーの「最後の教室」の人の不在と、死のダンスの組み合わせが見事だし、塩田千春の「家の記憶」も糸の張り直しで緊張感があります。松之山は今も楽しいコースです。


キョロロ企画展/橋本典久「超高解像度人間大昆虫写真 [life-size]」photo Osamu Nakamura

キョロロ企画展/本濃研太「≪ヒグマ≫」photo Osamu Nakamura

キョロロ企画展/新野洋「日月の江」photo Osamu Nakamura

キョロロ企画展/原田要「千蛇花」photo Osamu Nakamura

 中里には隠れた名所があります。清津倉庫美術館から、青木野枝、「たくさんの失われた窓のために」、「ポチョムキン」、ダダン・クリスタント「スネークパス」(少し距離がありますが)から、リチャード・ウィルソンを通り、ミオンなかさとにはオル・オギュイベホン・スン・ドジャウマ・プレンサがあり、そこから磯辺さんの2000年、2003年の二作を一望できる地点に行くのですが、途中にイ・ソンテクがあり、バラエティあふれるツアーになります。津南・松之山・中里は、摺曲し、折り重なった土地に川が流れている、その変化の中に作品があるのです。

 
(左)オル・オギュイベ「いちばん長い川」/(右)ジャウマ・プレンサ「鳥たちの家」photo ANZAI

ダダン・クリスタント「カクラ・クルクル・アット・ツマリ」photo Gentaro Ishizuka

塩田千春「家の記憶」photo ANZAI

イ・ソンテク「龍の尾」photo Osamu Nakamura

(左)青木野絵「空の粒子/西田尻」photo Kasane Nogawa/(右)ホン・スン・ド「妻有で育つ木」photo ANZAI

 今日は一味変わったお客さんの感想からいくつか報告します。
・外国からのボランティアスタッフが、地元感バリバリのおじいちゃんと言語が通じなくても二人で受付に座っている姿。
・十日町商店街の家に雪下ろし用の梯子がかけてあって、上郷クローブ座のパオラ・ピヴィを観たときに楽しい。
作品以外のエピソードや色々な感想をお寄せください。

北川フラム  8月24日



内海昭子「たくさんの失われた窓のために」photo H.Kuratani
パオラ・ピヴィ「Untitled project for Echigo-Tsumari」photo Osamu Nakamura

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