Vol.9「越後妻有、朝の日常」

北川フラム投稿日:2018年09月08日

 越後妻有では、中里の山崎交差点近くに泊まることが多く、朝7時半に宿を出て、キナーレの朝礼に向かう。少し早いのだが、この時間は大切で何にも代えがたい、小学生の集団登校10組くらいと出会えるからだ。この時間、中高生が必死に自転車を漕いでいたり、バスを待っていたり、その30分ほどは実に楽しいのだ。


慈光こども園

 年長者を先頭に、サブリーダーが後から、あるいはダラダラと5人くらいから15人くらいまでの小学生たちが、黄色い帽子をかぶり、カラフルなバッグを肩から下げ、抱えて歩いている。最近は水筒をカバーに入れて掛けてくる子も多くなった。この三三五五が微笑ましい。子どもはせいぜい明日の朝までの楽しさくらいしか考えていない。だから一日一日、一瞬一瞬全力で生きているのだ。その起居振舞がナチュラルで、突発的だ。この毎日毎日が何も心配もなく、そしてすれ違う人が会釈してくれたり、笑顔を返してくれたら。こんな素晴らしいことはない。大人は先のことを心配する。(今では明日からの学校でのいじめを心配する)大地の芸術祭が目指すものは、こんな日常が続いていくコミュニティなのだ。家を出てから仕事場に行くまでの挨拶と笑顔が、都市ではもてない。少なくともその関わり、共同性をつくり直すことは至難なことだ。それが越後妻有や、田舎の芸術祭に都市住民が通う理由なのではないか。こへび隊も挨拶と笑顔から、地域の人も挨拶と笑顔から、これが出発になる。



作家・開発好明と市内小学校5校300人が参加した「モグラ祭り」の様子

中条保育園

 作品それ自体が人を勇気づけたり、どうしようもないこれまでの来し方をリセットしてくれることもある。しかしこの作品に至る交渉や反対や、清掃や打合せ、あるいは制作の手伝いや受付、それら一連のあれやこれやが地域に誇りや元気をもたらし、そこから伝わってくるお客さんへの応対や説明が遠来の客に元気と、生活リセットへの勇気をもたらすのではないか。まったく効率と生活の足しにならない美術だからこそ生まれてくる宇宙創生のような神秘なのだ。


慈光こども園

中条保育園

 芸術祭もあと10日です。新作だけでなく是非、旧作の名作も見てください。分析的・技術的になってきた美術も、越後妻有にきて総合的、生理的になってきました。いわば科学実験で健闘してきたアーティストたちが実際の現場、社会の矛盾、人間関係の疎遠、冷たさのなかに勇気をもって出てきた成果を、越後妻有で感ずることができます。何しろ作品の多様さこそ大地の芸術祭の特色です。それは旅することのなかで、ますます祝祭性を帯びてくるのです。私は今日、帽子、ハンカチ、Tシャツに至るまで黄色逆三角形グッズでまとめてみました。妻有の小学生のように。

北川フラム  9月8日


中条保育園

photo/Osamu Nakamura, Ayumi Yanagi

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