松之山・上湯集落 「収穫の家/米との対話」作品   公開終了「お礼の会」

妻有日記投稿日:2019年09月10日

松之山・上湯集落に2003年に生まれた作品「収穫の家」「米との対話」の公開が昨年度を持って終了し、作品は撤去され、建物は今年6月、家主に返却されました。

1Fに展示していたローレン・バーコヴィッツの「収穫の家」のドライフラワー作品制作は、近くにあるマリーナ・アブラモヴィッチの「夢の家」の管理人さんたちの手によって15年間、続けられました。

作品作りは、初夏から夏にかけて地域の花や植物を摘んで、シリカゲルで乾燥させドライフラワーに。
次に、作家が指定した色のマス目、25個の枠に美しく納めるという細かい作業でした。

湿度が高く、機密性の低い木造の古民家で、美しく公開するために、工夫を重ねながら続けてきたことでした。

2015年芸術祭開幕前 管理人高橋恵美子さん撮影

毎冬の雪囲い、屋根雪除雪もなかなか手ごわいものでした。数ある空家・廃校作品の除雪が必要な物件のなかでも、一番雪が積もるような家でした。

2011年の長野県北部地震では大きな被害を受け、1年半休みましたが、家起こし工事ののち、「夢の家」同様2012年の芸術祭から継続公開してきました。

今回、90代になる家主のご夫婦やそのご家族、管理人さんたちからもご提案いただき「お礼の会」を設けようと、2003年の制作当時に関わられた方々や、オーストラリア大使館などにもご案内を出しました。

当日は、制作時サポーターだった桑原紘子さんが、東京から駆けつけてくれ、駐日オーストラリア大使館マイケル・ホイ参事官をはじめ、制作時の担当スタッフ原万希子さん、当時のこへび隊平丸陽子さん、前田美穂さん、前田大輔さんら遠方の方々からメッセージをいただきました。
参加者一同、お手紙に感激し、感慨深く振り返る時間になりました。

以下、当日来てくれた桑原紘子さんからレポートをいただいたので掲載します。

9月24日、収穫の家お礼の会に呼んでいただき、片付けの終わった元「収穫の家」に入った途端、一瞬にして精米したてのお米の香りと青々とした杉っぱの匂いが蘇りました。

そして走馬燈のようにいろんな想いが溢れてきてしまいました。

2001年の11月だったでしょうか。初めての集落説明会の日は上湯集落へ上る道から道路がうっすらと白くなっていました。

初雪でした。

こへび隊の私たちは大きな鍋にお汁粉を作って参加しました。

新しい作品のプレゼンテーションを行い、集落内にどんな植物があるのか話を聞いている時に、どなたか記憶が定かではないのですが、寒い中、ナナカマドの実が付いた枝を採ってきてくださいました。
かわいらしい赤い実と所々雪がついた枝を中心に、ナナカマドから始まりいろんな植物についての名前の由来、謂われなどで話がとても盛り上がったのを覚えています。

2003年夏の公開終了後も「夢の家」管理人さんを中心に、多くの方たちによって作品が維持され続け、2018年度までの間、準備を含めると17年間も集落の方によって育まれたことはとても容易なことではありません。

「収穫の家」も「米との対話」もあの家と共に生きていました。人と同じように自然から生まれ、自然に還っていったのでしょう。

これらの作品の一生に一瞬でも立ち会えたことは、私にとってかけがえのない経験になりました。

本当にありがとうございました。

桑原紘子

会では、家主の90代になるお母さんから、
「みなさん、ありがとうございました。」と言葉を述べられ、毎回作品がなくなったら家を取り壊すと言っていたのですが、今年は残すことになったのだそうです。

お母さんたちからは、ドライフラワー作りの苦労話が語られました。

「崖にしかなかった山ぼうしが最近になって容易に採取できる場所にあったことが分かって、もっと早く分かったらあんな苦労はしなかったのに」とか

「花は咲く時期、採取の日の天気や乾燥に向くかどうか大変だった。今年は山で花見るともう採らなくていい、と思ってしまった」とか

「毎年作っていたのは私たちだったんだから、私たちの作品でもあったんだねぇ」とか

「『夢の家』やりながら、花もやるのはなかなか大変だったねぇ」と笑いあって、

越後まつだい里山食堂から持参したお菓子やお茶をおともに写真を眺めながらしみじみと、想い出話に花が咲きました。

お菓子:トウモロコシのマカロン、山くるみのガトーショコラ ピーマンのフィナンシェ、ブルーベリーのミニシュークリーム

2003年芸術祭開幕時、上湯集落神社でのアーティスト、オーストラリア大使館のみなさんとのオープニングパーティーのスナップ写真 

芸術祭が始まって19年が経ち、2003年の制作時に集落の子どもだった子たちは、みんな大人になりました。

山の水だけで暮らしていた、水が豊富な上湯集落には水道が引かれ、作品見学に訪れる人のためにと道端の側溝には蓋が整備されました。

時間が経過しても、変わらない作品を通したつながりを感じる会になりました。

今回、ご協力いただいたみなさん、本当にありがとうございました。

スタッフ 飛田晶子

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飛田晶子

大地の芸術祭の里スタッフ。こへび隊での活動後、2006年~移住。越後妻有の豊かで厳しい自然と格闘しながら日々奮闘中。茨城県出身。

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