こへび隊の橋本です。
おそらく、だれでも自身の中に大切な「あのときの自分」といったものが住んでいるものだろうと思います。僕の中にも大切な「あのときの自分」がたくさん住んでいます。楽しかったとき、うれしかったとき、悲しかったとき、悔しかったとき、情けなくなったとき、怒りを抑えることができなかったとき、などなど・・・。でも、3年前の、あの2006年に、こへび隊としてはじめて妻有にやってきて、結局4、5ヶ月間滞在していた「あのときの自分」はいまだによくわからない、やっかいな「自分」として僕の中にいます。ほんとうによくわからないんです、あのときの自分。ひとつの思い出としてきちんとした形になってくれない。その時々によっていろんな表情をもって姿を現します。おもえば、2006年以降の3年間、他の人々がそうであるように、僕の生活にもいろいろありました。多くの人たちと出会いました。そして別れもたくさんありました。今年の2月に兵庫から東京にやってきました。その間、3年前の妻有の自分は、やっかいな相談者としてそばにいて、ときたま僕をチクリチクリと刺してきました。ほんとうは部屋にこもってダラダラ過ごしたいのだけれどもそうはさせてくれない・・・。
妻有には2007年の夏にポツンと1回行ったきりで、つい3週間前にかなり久しぶりに日帰りで行ってきました。そして今回は1泊2日で。目的は3年前に担当した作品、ボルタンスキー+カルマンの『最後の教室』のメンテナンスです。作品の状態もそうですが、やはり3年経過した後の現在の妻有の自分もメンテナンスが必要だということに気がつきました。土地勘や、作業の進め具合などいろいろと自分に欠陥があるのに気づき、今回の作業は中途半端に放り投げた状態で帰路についてしまいました。現地のスタッフの方々ごめんなさい。あぁ不甲斐ない。次回は気を入れなおしてがんばりますので。
もともとこれといった何の能力も持ち合わせていない僕ですが、帰りの車中でふと、3年前の自分はよくもまぁあんなに失敗を繰り返して周りに迷惑をかけながらもがんばることができたなと思いました。やはり楽しかったんだと思います。周囲に自分とは全く異なった生き方をしている人がいて、そんな人たちと一緒に汗水流して、泥にまみれて、ときには地元の人たちとぶつかりあって。そんななかで、少しでも自分にできることを手探りしながら発見する。そんなことを不器用ながらも知らず知らずに実践していたあのときの自分に、やっかいな存在だと思いつつも結局はこの3年間お世話になってきたんじゃないだろうかと改めて思います。
最後に今回の作業でうれしかったことをひとつ。『最後の教室』が地元の方々の「作品」になりつつあることを知りました。2006年の冬から、作品を管理し続けてこられ、今回の作業でもご一緒してくださった地元の御二方の献身をはじめ、作品の玄関前では市が開かれていたことなど今回妻有に来るまでは恥ずかしいことに知りませんでした。
僕は3年前のように滞在したり、頻繁に通ったりということはできそうもないですが、可能な範囲で妻有に通いたいと思っています。3年前に妻有でこへび隊をしていたみなさん、また妻有で会いましょう。まだ妻有に行ったことはなくて、どうしょうかと考えている方は決心するのにかなりの勇気が必要かもしれませんが一度妻有に来てください。妻有で何ができるかなんて考えることはどうでもいいことなんですから。

