大地の芸術祭には、第1回のときから、何かしら、関わり続けている。
紆余曲折あったが、過去の回想より、今のことを綴りたいと思う。
妻有出身なわけではないが、一ヶ月のほとんどを妻有で過ごすようになって、
しばらく経つ。
いつの間にか、東京に「行く」、妻有に「戻る」という言い方をするようになった。
それでも、東京と往復するたび、目眩のような感覚を覚える。
世界を構成しているものが、あまりに違う。
妻有は今、田植えを終え、草刈りの季節を迎えている。
東京では「緑化」と叫んで草木を植えるが、
妻有では「道普請」と号令して草を刈る。
草刈りは、人間の営みを侵食しようとする自然との闘いである。
最近は、まれにこへび活動に参加するくらいだが、風の伝える噂や気配で、
あちらこちらで作品制作が進行しているのは、想像できる。
が、想像の域を出ない。
実際に現場に行き、見て、体験して、感じた人のもとにしか、リアルはない。
3年に一度の夏が来る。
楽しみ半分、恐ろしさ半分。
芸術祭の名の下に妻有に生まれた作品の数々を、
もはや外部からの目で見ることが難しくなっている。
しかし今なお、アートの新しい地平を垣間見ることを望んでいる。
そのときは、過去のいづれとも違う位置に立って。
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