新潟から世界を捉え、21世紀の美術を考える
大地の芸術祭公式WEBマガジン

運営 / 越後妻有の舞台裏から

作品を守るということ

05 June 2021

メンテナンス―作品を守る仕事

3月に東京の美術大学を卒業して、この春やってきた越後妻有。
芸術に携わる現場で人や作品と直に向き合い、芸術が人とどのように関わることができるのかということを考えていきたい。色んなことをまずは自分でやってみて体験したうえで、より深みのある人間になりたいという思いで仕事を始めました。
配属されたのは作品チーム。作品にかかわる幅広い仕事を担当する部署で、主に現場での作品のメンテナンス業務に従事することになりました。

ジミー・リャオ「Kiss&Good bye」の作品清掃

アントニー・ゴームリー「もうひとつの特異点」の作品清掃


野生作品と向き合う

実際にメンテナンスの仕事を始めて驚いたのは、大地の芸術祭の作品が設置される場所の過酷さです。大地の芸術祭には200点以上の常設作品がありますが、その多くが野外の作品で、日々、自然の力に晒されています。まして越後妻有の自然環境は「冬は豪雪、夏も暑い」という、作品にとっては非常に酷な環境です。私は大学時代にある美術館の収蔵庫を見学したことがありますが、そこの作品たちは頑丈な二重扉と完璧な空調設備に守られていました。美術館の作品が温室育ちで大切に育てられた「箱入り作品」なら、越後妻有の作品は生まれてすぐに野に放たれた「野生作品」です。そんな野生作品たちの最後の砦となるのが、メンテナンス業務なのです。「越後妻有の作品は、ただ設置しただけでは終わらない。この先長く大地の芸術祭の作品としてお客さんに観てもらえるように、何とか、何とか、作品を持たせてあげることが私たちの仕事」と、教えていただきました。

蔡國強「ドラゴン現代美術館」の雪囲い外し、雪かき(作業前)

蔡國強「ドラゴン現代美術館」の雪囲い外し、雪かき(作業後)


作家の想いを届けるために

私たちが向き合う作品はほとんどが清掃や修繕を必要とする、負傷を抱えた作品ばかりです。初めてメンテナンスに向かった作品を見た時、一冬を超えただけで、こんなにも汚くなるものなのかと驚きました。特に配属直後の4月の作業は、作品や空き家の雪囲い外しが多く、雪の重さで壊れた作品を見て、越冬の厳しさ、自然の驚異的な力を感じました。雄大な自然の力に負けそうな作品たちを、鑑賞できる状態に持っていく。それは作家さんが作品を作り出した当初の想いを、お客さんにいかに伝えるかということと繋がると感じました。ですから、少しおこがましいかもしれませんが、ある意味、私は一人の作り手として、作品をお客さんに届けることの一端を担うこの仕事に、やりがいを感じています。

アン・ハミルトン「Air for Everyone」の作品修繕

アン・ハミルトン「Air for Everyone」の作品修繕


毎日が勉強の連続

一方で、ジレンマを感じるのは、管理している作品の多さから、一つひとつの作品にかけられる時間が限られていることです。「もっと時間をかければきれいになるのに、ここを直せばもっとこの作品の良い部分を知ってもらえるのに」と思うことがあります。また、作品の多様さに、自分の能力や知識では対応しきれない場合もあります。作品の置かれている環境や材質によって作品の劣化状況は多岐にわたり、例えばサビの種類をweb検索で調べることもあります。私はそのたびに、自分が大工さんや清掃屋、カビやサビの専門家だったらいいのにと思います。ただし、それほどの多様な作品状態に出会うことができるこの環境は大変恵まれていて、すべて対応できるようになれば、作品の保存修復という分野でプロフェッショナルになることができると思います。毎日が勉強の連続です。

小川次郎/日本工業大学小川研究室「マッドメン」を高圧洗浄中


朽ちてゆく作品の生涯をみせる

メンテナンスに教科書は存在しません。なぜなら作家さん本人でさえ、作品の性質や野外作品のリスクを想定しきれていない場合が多いからです。また、中には作品の劣化も含めて作品のコンセプトとし「作品が壊れたらそのままに」という作家さんもいます。もちろんそれも大事な作品のコンセプトですが、私たちは鑑賞に堪えうる作品の質を保ち、観に来たお客さんの安全な鑑賞空間を確保しなければいけません。そこは現場の腕の見せ所です。一つの作品が始まって終わっていくその過程は、その「風化」を味わいとして魅せ、何十年もかけて展示できたら、芸術の新しい価値観を見いだせるかもしれません。それは、大地の芸術祭が3年に一度の単発的なイメージを払拭し、もっと長い自然の営みのイメージを鑑賞者に与えることができるのではないかと思います。

鞍掛純一+日本大学芸術学部彫刻コース有志「脱皮する家」の草刈り(作業前)

鞍掛純一+日本大学芸術学部彫刻コース有志「脱皮する家」の草刈り(作業後)


自分だからできること

メンテナンス業務の主な仕事は一言でいえば力仕事がほとんどです。一緒に仕事をする上司の方々や同僚も、男性が多いです。その中で仕事をしていると、みんなが軽々と持っているものを私は持てなかったり、みんなが普通に届く天井の蜘蛛の巣を掃えなかったりする時があります。それがとても悔しいです。そういった時は、メンテナンスチームの中で自分がどうしたら貢献できるのかを考えます。例えばより丁寧に草刈りしたり、重いものが持てない分早く運ぼうとしています。私に仕事を任せて良かった、メンテナンスチームに必要な存在だと思ってもらえるように、自分が特に役に立てるものを探しています。まだまだ未熟ですが、日々やりがいを感じながら、頑張って仕事をしています。

イ・ブル「ドクターズ・ハウス」の草刈り


ー私のお弁当日記ー

毎日のメンテナンス現場で、昼食を食べる場所が絶景だということに気づき、この絶景に見合うおいしいお弁当を作ろうと毎朝頑張っています。もちろん手抜きの日も多いです。越後妻有は生活を丁寧にしようと思わせてくれる場所でもあると思います。

お昼ごはん at 大厳寺高原

お昼ごはん at 清津川フレッシュパーク

お昼ごはん at まつだい「農舞台」

お昼ごはん at 黎の家

NPO法人 越後妻有里山協働機構
稲垣素子

編集
ART FRONT GALLERY
アソビュー!
CINRA
つながる

最新ニュースやイベント情報、越後妻有の四季の様子、公式メディア「美術は大地から」の更新情報などを大地の芸術祭公式SNSアカウントで発信しています。