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大地の芸術祭公式WEBマガジン

運営 / 越後妻有の舞台裏から

食べること、と芸術について

15 September 2021

それは2020年の8月。東京都渋谷区代官山で行われていた、北川フラム総合ディレクターが主催の「フラム塾」に参加したことから始まります。当時の僕は、いくつかの仕事で収入を得る一方、作品を制作する「作家」と、展覧会などを企画する「運営」の役割を分割しない立ち位置で芸術に関わることが出来ないか? 結節というより融接で繋ぐことは出来ないか? そんな関わり方で生きていけたらな、と考えていました。2020年12月。何回かのフラム塾に参加した僕は、総合ディレクターに手紙を出すことになります。それは、僕がぼんやり描いていたこれから生き方を言葉にする作業でもありました。どうしても、それが意義のあることなのかフラムさんに確かめたかったのです。それから半年後、僕は越後妻有に引っ越すことになります。それが2021年7月。

新しい我が家の裏山から


驚きに満ちた日々

今は、大地の芸術祭の宿泊施設のひとつ「三省ハウス」の運営を中心とした仕事を始めたばかり。妻有に住んで約2ヶ月間になりますが、それはそれは驚きに満ちた日々です。大地の芸術祭の組織体系、作品のメンテナンスなくして芸術祭は成立しないことや、季節の移ろいを生活の端々に感じることなど。「あぁ、24節気や72候とはこういうことなのか〜」と思ってみたり、その移ろいによって少しずつ顔ぶれが変わる無人野菜販売所に並ぶ野菜をみては「食材は本当に大地の恵み」などと独り言をつぶやいてみたり。でも、なにより《妻有に生きる人々のたくましさ》に感銘を受けています。

たくましさを育む越後妻有の大地


ここで生きるすべを見る

夏になると、無数のきゅうりたちが大地から産まれてくる時期が2〜3週間程度あって、三省ハウスのまわりに住む方々からも、ビニール袋に入りきらないほどのきゅうりが差し入れられることもありました。この時期、食卓は様々なきゅうり料理で溢れかえるそうです。妻有の人々は、とにかく採れすぎるきゅうりを収穫し、新鮮さを生かした料理をこしらえることもあれば、冬に備えて保存食に作り替えることもあります。その代表的なものが「きゅうりの佃煮」です。僕はこの佃煮の作り方に《妻有の人々のたくましさ》と、まだ見ぬ冬の厳しさを感じたのでした。

ある方からきゅうりの佃煮のレシピを見せていただくと、まず「きゅうり3kg」と書かれています。なんじゃこりゃです。この量が基準ということなのでしょう。そして「塩はきゅうりに対して、一握り位にし、落としふたをする」と書かれていいます。大事なことなのでしょう、赤線が引いてありました。(しかし、塩の量はだいたいで豪快です。)塩まみれのきゅうりたちは、一晩寝かせることで、塩の浸透圧によりたっぷりの水分がでてきます。ここで登場する調理器具が二槽式洗濯機。二槽式洗濯機?ニソウシキセンタクキ?

いまだに現場に立ち会えてないので信じきれていないのですが、きゅうりの脱水のための洗濯機を所有している方々がおり、二槽式の脱水側がこの量の水気をとるのに最適な“調理器具”だといいます。どうやらその昔、新潟の地方新聞「新潟日報」に掲載されたそうで、妻有のご婦人たちは、こぞってきゅうりを洗濯機に入れたそうです。そして今でも同じ手法で作っている方々がいらっしゃいます。(洗濯機を発明した人もまさかこんな使われ方をするとは思っていなかったでしょう)

三省ハウスでもきゅうりがいろいろな味付けで調理されていきます(洗濯機は使いません笑)

※三省ハウスで洗濯機が1台欲しくて、あるところから譲って頂いた時、「好きな洗濯機持っていっていいよ」といくつか並ぶ洗濯機の中で、全自動洗濯機より二層式が多かったのはこのためなのでしょうか。(よくよく調べると全国でポツポツ同じ「きゅうりの脱水」事例がみられるんですが、信越あたりでやられている方がやっぱり多いみたいです。)


この土地の文化を表す、食と芸術

大地は数メートルの雪にすっぽり覆われ、全く何の収穫もない冬の時期のために、実りの季節にたくさん収穫できるものを、いろいろな知恵を使って保存食にしてしまう。僕はこのことに、なんてたくましく生きているんだろう、「生活」とは本来こういうものなのか、と、とても大切な気づきを与えてもらったと感じています。そして、生活の中で人が何かを創造する行為は、想定もしないところから新しい萌芽が生まれてくれるようで、それは、大地からニョキニョキ生えている芸術祭の作品たちにも通じているように思うのです。人が創造するという営みは、妻有のご婦人も大地の芸術祭に参加している作家も、根幹を辿るとなんら変わりはないのかもしれない、そんな風に思うのです。

2021年9月。妻有に来る前に、いくつかの仕事のなかで飲食業に従事していた僕は、ここでの気づきから「食べること、と芸術について」をもっと深く考えていきたいと思っています。そこにはまだ出会えていない何か新しい営みがあるような気がしてならないのです。

NPO法人 越後妻有里山協働機構
小林真行

編集
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