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運営 / 越後妻有の舞台裏から

相馬夕輝(D&DEPARTMENT)に聞く「おこめ博覧会」の魅力

13 November 2019

里山の棚田保全と「ロングライフデザイン」の親和性

「大地の芸術祭」が2003年から取り組んでいるプロジェクト、「まつだい棚田バンク」をご存知でしょうか? 越後妻有は、十日町市松代(まつだい)を中心に、日本有数の棚田が広がる地域です。その棚田を守り育てていくために、担い手の減りつつある棚田の保全維持を目指すプロジェクトが「まつだい棚田バンク」。小口から気軽に出資できる里親(オーナー)を募り、耕作を支援しながら、都市と地域の交流も広げる活動が続いてきました。

まつだい棚田バンクの稲刈りイベント(撮影:柳鮎美)

その棚田で収穫された美味しい新米を、見て、買って、食べられるイベントが、まつだい「農舞台」内で開催されています。その名も「まつだい棚田バンク『おこめ博覧会』 棚田のお米のまわり展」。会場となるのは期間限定の美術館「d7まつだい棚田バンクミュージアム」です。同館キュレーターを務めるのは、D&DEPARTMENTのディレクター・相馬夕輝さん。47都道府県の個性を47の展示台で見せる日本初のデザイン物産美術館「d47 MUSEUM」(渋谷ヒカリエ)の運営などで知られます。D&DEPARTMENTと「大地の芸術祭」とは、その理念のうえで親和性が高いと相馬さんは感じてくれたそうです。

相馬夕輝。D&DEPARTMENTが運営する「d47 MUSEUM」(渋谷ヒカリエ)にて。

相馬:D&DEPARTMENTのテーマは「ロングライフデザイン」。平たく言うと「息の長いデザイン」です。僕らが全国の伝統工芸品や工業メーカーのロングセラー製品に注目するのも、息の長いモノを応援していこうという活動です。その上で伝えたいのが、デザインは「形」だけではないということ。作っている人や地域の産業や暮らしといった、「形の周辺」も重要です。それら様々な要素が重なって、長く続くモノが出来上がっていく。さらに、お客さんの手元に届いてからも長く使ってもらいたい。その全体を「デザイン」と呼ぶのが僕らのコンセプトなんです。

「大地の芸術祭」も、大切なのはアート作品だけではありません。それらを通した人々の交流や、地元の景観の保全も重視しています。相馬さんはこの芸術祭のそんなところに共感してくれたのでした。

相馬:実は大学生の頃、2000年に開かれた第1回の芸術祭に行って、とても刺激を受けました。越後妻有の自然を散策して回る中で、なにが作品でなにがもともと地域にあったものなのか、良い意味で、分からなくなるような不思議な感覚を覚えたんです。その体験は、自分の後の活動に大きな影響を与えています。出来上がったモノだけではなく、その背景にある環境やストーリー、コミュニケーションといった全てが「アート」であり「デザイン」である。そして、そこに関わるのはアーティストやデザイナーだけではない。こうした考え方が、「大地の芸術祭」と僕らとの共通点ではないでしょうか。

棚田バンクをめぐる、7つの集落の物語

「まつだい棚田バンク『おこめ博覧会』 棚田のお米のまわり展」は、棚田バンクにゆかりのある7つの集落の個性を、7つの展示台を通して感じる展覧会です。そのコンセプトは、各集落の風土や歴史、暮らす人それぞれの「らしさ」を丹念に取材することで生まれたと言います。

「まつだい棚田バンク『おこめ博覧会』 棚田のお米のまわり展」(撮影:中村脩)

会場には、7集落の新米を量り売りしてくれるブースも(撮影:中村脩)

相馬:近接する地域内の集落同士なので、棚田だけを見ても差はわからないし、お米はどこで食べても美味しいんですね。もちろん繊細な違いはあって、今回、7つの集落の新米を量り売りするブースもあります。ただ、このミュージアムにはそれだけではない切り口も必要だと感じました。そこで僕たちは、棚田に関わって暮らしている一人ひとりの「人」にフォーカスを当てて、集落や棚田の景色を見ていくことにしたんです。

このコンセプトのもと各集落で多くの人にインタビューをしていくうちに、たくさんの発見があったそうです。それらは、今回の展示の各所に生かされています。

相馬:例えば、展示品の中には5つで1セットの御膳があります。これはどの集落の家庭にも必ず1つずつあって、冠婚葬祭の時にみんなで持ち寄り、その御膳でご飯を食べていたそうです。そうした歴史にまつわる話が多く出た集落の展示台には、御膳をお借りして出しています。また、展示室の天井からぶら下がっているのは斎米袋(ときまいぶくろ)。葬祭の時に香典(お金)と一緒に米や野菜を持っていく慣習があり、その米を持っていく袋でした。みなさん今でも各家庭で何枚か持っているんですよ。しかも、布を集めて自分たちで作るから、創造的でかわいいんです。もうこの習慣自体はなくなっているそうですが、みなさんの記憶に残っているし、家にはとってある。こういうモノに出会えたのが、なによりの収穫でした。

写真左が冠婚葬祭で用いる御膳。その隣のカラフルな袋が斎米袋(ときまいぶくろ)。(撮影:中村脩)

また、相馬さんは取材を通して「大地の芸術祭」の舞台裏にも触れられた気がするとも語ってくれました。

相馬:昔ながらの地元のお祭りのように芸術祭が機能して、新しい地域コミュニティが立ち上がっているのを実感しました。例えば7つの集落のひとつ、室野を訪ねた取材では、お話を伺いにいくとだけ連絡したつもりが、集落に着いたらなぜか「今日はお客さんを迎えての料理コンテストなんですよね」みたいな話になっていた(笑)。でも取材をアレンジしてくださった芸術祭スタッフの方は、そこで「違います」とは言わないんですね。皆さんがやる気を出してくれたことはありがたく生かさせてもらう。結果、僕らは美味しい郷土料理をたくさん食べながら、様々なお話を伺うこともできて大満足でした。

文化と自然とをつなぐ棚田の将来に向けて

「まつだい棚田バンク」にまつわる展示では、屋外にある稲田の30平方メートルぶんをロープで囲ったものや、テーブルにお茶碗を100個近く並べたものがあります。これは、小口コースの里親になることでサポートできる耕作地の面積と、年に一度の収穫期に配当されるお米の量を視覚化したものです。

小口コースの里親に配当されるお米の量を、並べたお茶碗で表現(撮影:中村脩)

窓の外に見える黄色いロープで囲ったエリアは、小口コースの里親が支える棚田面積(撮影:中村脩)

相馬:キロや平方メートルで表すより、具体的にこれくらいの面積の棚田を応援していて、ご飯何杯分のお米が食べられるという方が、実感が湧きますよね。もう一回り大きい標準コースの里親になると、150平方メートルの耕作地で約500杯のご飯を送ってもらえます。1日に食べるお米がお茶碗で1、2杯だとすると、およそ1年分の応援になるんです。

里親制度による支援者が継続的に増えたことで、耕作放棄地になる手前で棚田バンクが引き受けられた田んぼもあります。しかし担い手不足による耕作放棄や委託は増える一方で、全体でみると、その面積に対し支援が追い付いていないのが現状です。また里親による支援の行き届かない棚田のお米をいかに流通させるか、という課題も生まれています。

相馬:今、「まつだい棚田バンク」全体では、里親のいる耕作地が2割ほどで、8割が別の形で維持されています。この割合が逆転するぐらいになれば、地元の方々にもっとフィードバックできるし、いろいろな取り組みに発展させることができるのではないでしょうか。先ほど言ったように、モノ作りだけではなく、それにまつわる仕組みや環境に関わることも、デザインやアートです。その意味で棚田バンクの活動は、「大地の芸術祭」がやろうとしている、根幹のミッションだとさえ言えるのではないか。そんなふうに思います。

今回の取材を通して相馬さんは、そもそもなぜ棚田の保存維持を目指すのか、棚田が集落の人たちの暮らしにおいてどんな存在なのか、を考えることになったと言います。

相馬:僕が感じたのは、棚田が集落の人々にとって、文化的な生活と自然環境の、ちょうど中間に位置しているのではということです。だからこそ、文化も自然も守るためには、まず棚田を守らないといけないのではないでしょうか。僕にとっては、棚田を守ることが、あの元気なお母さんたちの美味しい料理が今後も残っていくための、直結した道のりだと思えるのです。

棚田バンクの里親になると年に数回、アドバイスを受けながら実際の米作りにも参加できます。相馬さんも今年D&DEPARTMENTが支援する棚田で、田植えと稲刈りに参加してきたそうです。

2019年5月、相馬さんたちは棚田での田植えを体験しました。

相馬:田植えをしてから2週間は、筋肉痛が取れなくて(笑)。稲作全体の大変さからすればごく一部の体験ですが、自分なりに達成感もありました。そこで知ったのですが、傾斜地にあれだけ細かく区分けされた棚田にも、昔に比べればだいぶ農機が入れるようになったそうです。それも、農家さんが自分たちで圃場(ほじょう。農産物を育てる場所のこと)を少しずつ広げてきたからです。棚田は作り方を見誤ると、地滑りしたり雨で崩れたりしてしまいます。でも、そうならない棚田の作り方のノウハウを、みなさん持っています。棚田は自然の景色に見えるけれど、人工的なものでもある。守るだけじゃなく進化している、まさに知恵の集大成なんです。

最後に、相馬さんはこの「d7まつだい棚田バンクミュージアム」を訪れた人に、この展示をどのように受けとめてもらいたいか聞いてみました。

相馬:展示空間を通じて棚田のことや集落の人たちの暮らしにふれてもらうことが、なにかの「始まり」になるといいなと思います。例えば会場の外に出てから出会う、棚田や地域の人々への感じ方も変化するかもしれません。現地の暮らしや景色がより鮮明に見えてくるなどして、新しい関わり方につながっていくなら嬉しいです。

「棚田のお米のまわり展」は年末まで開催中。また東京での関連イベントも開かれます。ご興味のある方は以下の概要もご参考に、ぜひ訪れてみてください。

開催情報

まつだい棚田バンク「おこめ博覧会」

期間:2019年10月12日(土)〜2019年12月22日(日)
会場:まつだい「農舞台」(十日町市松代3743-1 )
時間:10:00〜17:00
休館日:水曜
料金:一般500円、子ども300円
その他:初回入館時に福引き開催。
お問合わせ:025-595-6180

まつだい「農舞台」 まつだい棚田バンク「おこめ博覧会」

東京での関連イベント
(1)d47食堂にて「越後妻有定食」を提供
期間:11/13(水)~
場所:d47食堂(渋谷ヒカリエ8F)
47都道府県の「食」をテーマにするd47食堂に「越後妻有定食」が登場。棚田で収穫したお米と一緒に、豊かな自然で育った野菜を使った料理を楽しめます。

(2)「まつだい棚田バンク収穫祭 お米のマルシェとトークと仲間たち」
期間:11/16(土)、11/17(日)
場所:8/ COURT(渋谷ヒカリエ8F)
まつだい棚田バンクで収穫した新米の即売会や、お米にまつわるトークや体験型イベントを開催。棚田バンクへの入会相談も。

テキスト:中島晴矢 撮影:豊島望 編集:内田伸一、中田光貴(CINRA.NET編集部)

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