新潟から世界を捉え、21世紀の美術を考える
大地の芸術祭公式WEBマガジン

特集 / 歓待する美術

マリーナ・アブラモヴィッチ、25年ぶり「夢の家」訪問

作家:マリーナ・アブラモヴィッチ

作品を守り続けてきた集落と作家の再会。いつのまにか当たり前のように存在する作品それぞれにエピソードがあり、その軌跡が今も紡がれていることは、当たり前ではないと教えてくれた。

撮影 : Nakamura Osamu ほか/テキスト・編集:NPO法人越後妻有里山協働機構

10 December 2025

2025年10月23日、作家マリーナ・アブラモヴィッチが自身の作品「夢の家」を訪れた。十日町市の松之山温泉街の上にある上湯(うわゆ)集落に設置された「夢の家」は、第一回目の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000」で生まれた作品。夢をみるための支度を整え、宿泊した人がみた夢を『夢の本』に書き綴ってきた。

マリーナ・アブラモヴィッチ

1946年 今世紀初頭ダダの運動があった旧ユーゴスラビア・ベオグラードに生まれる。絵画からポスト・オブジェ、サウンド・ワークを経て、73年に≪リズム10≫というパフォーマンスを行い、以来観衆を巻き込み、観客の発するエネルギーに助けられて肉体の限界を精神的に超える試みであるパフォーマンス・シリーズを発表。76-88年までウライをパートナーとしたコラボレーションを行う。80-81年オーストラリアの砂漠の中で過ごし、肉体と自然が一体であることを知る。以後、自然と人間の関係をテーマに、万里の長城を歩くことで場所によって異なる自然のエネルギーを感じる試みや、体に蛇を巻き付けたり、水晶など天然石が発するエネルギーを観衆に体感させる作品などを発表している。

マリーナ・アブラモヴィッチ「夢の家」Photo ANZAÏ

「夢の本」

マリーナ・アブラモヴィッチ「夢の家」Photo Kanemoto Rintaro

稲刈りも終わり、晴天に恵まれたこの日、初期から地元管理人を務めるお母さんたち4名が朝からマリーナを出迎える準備をスタート。午前中から日差しとともにカメムシが出てくることを気にかけながら念入りに拭き掃除をし、リネン類を洗濯し、いつものように山で採ってきた花を受付のガラス瓶に飾り、お手製のどくだみ茶をやかんで沸かしていた。

夢の家

”夢をみる”ために2000年につくられた古民家のアート作品兼宿泊施設。昔の里山の生活に浸りながら、夢を見るための準備をし、赤、青、緑、紫の部屋で作家がデザインした夢をみるためのスーツ(パジャマ)に身を包み、夢をみるためのベッドで眠りにつく、夢をみるための宿泊体験を体感できる。みた夢は「夢の本」に書き綴られ、プロジェクトは「夢の本」を出版するという続きがある。

夢の本

宿泊者が綴った夢は、2000年から10年以上で約2000。そこから厳選した100の夢が『夢の本』として書籍化され出版された。制作記録や寄稿も掲載された一冊。「夢の家」でも閲覧することができる。
(出版:現代企画室 2012年)


築100年以上の空き家が「夢の家」へ

今回、マリーナ・アブラモヴィッチが高松宮殿下記念世界文化賞(※1)を受賞し、授賞式に来日することを機に、「夢の家」への訪問が実現した。長年の付き合いとなる芸術祭総合ディレクターの北川フラムとも久々の再会となり、越後妻有で2人が顔を合わせる貴重な機会となった。

「私たち同い年って知ってる⁉」と楽しそうに話すマリーナと北川

作品ができたのは25年前の2000年。松之山の上湯集落のなかにある築100年を超え、空き家として眠っていた家を作家が訪れ、この家を活用して作品をつくることに決まった。

家主と談笑するマリーナと北川

作家は制作前に集落を訪れ、作品プランの説明を集落住民に行い、2000年春から芸術祭開幕までの数カ月間、東京から来る学生サポーター「こへび隊」らも加わり空き家を片付けが始まる。作家の指定でつくられた水晶の枕を備えた箱型のベッドに黒革表紙の「夢の本」、黒曜石の枕の銅製浴槽、ポケットが12個ある赤・青・紫・薄紫の寝袋などが運び込まれ、2階4室には色ガラスが窓に収められ、作品の運営がスタートした。

まだ「大地の芸術祭」が何なのか、現代アートが何なのか誰もよくわからなかったころ、振り返ればここから空き家プロジェクトが始まった。作家は「私にとって重要なのは、この家が地元集落の人々の生活の中に機能し、みなさんの毎日の生活に貢献するような新しい経験をもたらすことだ。同時に人々にアートとの接点をもってもらうことも重要である。」と作品の提案に記されていた。

こへび隊と集落の方々

高松宮殿下記念世界文化賞(※1)

日本美術協会によって1988年に創設。絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の各分野で、世界的に顕著な業績をあげた芸術家に毎年授与される。2025年、第36回受賞者が発表され、「夢の家」の作家であるマリーナ・アブラモヴィッチが受賞。過去にも大地の芸術祭参加作家が多数受賞している。
・草間彌生(2006)
・クリスチャン・ボルタンスキー(2006)
・ダニエル・ビュレンヌ(2007)
・イリヤ&エミリア・カバコフ(2008)
・アントニー・ゴームリー(2013)
・ドミニク・ペロー(2015)
・アネット・メサジェ(2016)
・中谷芙二子(2018
・ジェームズ・タレル(2021)
※()内は受賞年

「夢の家」で家主の写真と


「作品がアートというコンテクストから出て、現実の生活に入っていったのは、私にとって初めてのことだった。」

この第一回の開幕時以降、マリーナが作品に訪れたのは今回が初めて。「夢の家」は宿泊しここでみた夢を『夢の本』に書き綴り、集めた夢を10年後に書籍として出版する、という構想で始まっている。これまでの25年で約3,700名が夢をみる体験をし、82,000人を超える人が来訪し、当初より集落住民が出迎えてきた。

2011年には長野県北部地震で大きな被害を受け、見回りに行った管理人は「もう夢の家は終わりだと思った」という。2012年に大規模改修し、再開、宿泊体験の利用内容も少しずつ変えながらコロナ渦を経て、現在に至っている。集落が守り続けてきた「夢の家」について、マリーナは2012年に出版された『夢の本』に次のように寄稿している。

プロジェクトは、「大地の芸術祭」のためにつくられた。だが、本当に信じられないことが起こったのだ。「夢の家」の集落の住民たちが、その家を自分たちのものとして受け入れ、その世話をし続け、「夢の家」が彼らのコミュニティーの一部となったのである。作品がアートというコンテクストから出て、現実の生活に入っていったのは、私にとって初めてのことだった。(マリーナ・アブラモヴィッチ/『夢の本』より)

家を持ち上げ、基礎から改修する大規模な工事となった

マリーナは緊張しながら玄関で迎えた管理人のお母さんたちひとり一人をハグし、館内に入ると、「すばらしい!出来上がった時のままだわ」と手入れの行き届いた家の様子に声を上げた。それを聞いて管理人さんたちの苦労が報われていくのを感じた。畳は開館時から替えていないが、古い家だからと毎回床は水拭きし、手入れを続けてきた。「夢の家」には似合わないとプラスチック製品や色味のあるものは極力置かない、管理人のエプロンは黒色、というような管理人さんらの小さな積み重ねが「夢の家」をつくってきた。

どこかに通じているという「Telepathy Telephone(テレパシーテレフォン)」

一通り館内を観たあと、管理人さんたちとマグネットウォーターの置かれた机を囲んで茶話会が始まった。最初に「夢」についてお母さんたちに尋ねたり、稲作や集落の状況について細かく聞いたりしていた。そして「越後妻有のお米はこれまで食べた米のなかで一番おいしい」と言い、マリーナの故郷や100歳を超えて生きた祖母の話をした。通訳を介しての会話だったが、緊張していた管理人さんたちも、自然に話をしていた。年齢の話になりマリーナと3名の管理人はほぼ同年齢という話に。生きてきた人生は違うけれど、いま「夢の家」で少しの時間、お茶のおともの柿や松之山のしんこもちを食べ、お土産で渡した集落産の米や25年の記録写真のアルバムなどを見ながら、話は弾む。マリーナは時々ジョークを交えるなど、ひとときの温かい時間が流れた。「次は25年を待たずにすぐ来るわ」と言って、最後に記念撮影をし、また玄関で一人一人にハグをして見送った。

管理人たちからプレゼントされた手作りアルバム。25年前の作家や集落の方々など、作品制作時の懐かしい写真が並ぶ。


続いていく「夢の家」の物語

世界文化賞受賞における各メディアからの取材でも、マリーナは「夢の家」について言及してくれた。「美術手帖」の取材に際しても、まずマリーナが語ったのは、「夢の家」の重要性についてだったと記事は伝えている。

Q 《夢の家》はなぜ重要な作品か?

大地の芸術祭の特徴は、地元の人々を訪ねて美術作品の設置許可を取るところからスタートする点にあります。私が選んだ村には6名しか住んでおらず、ある日の夕方、村の集会所で自分のやりたいこと、つまり「夢の家をつくりたい」ということをお話ししました。それを村の皆さんに伝えたところ、気に入っていただけました。

閉幕後は取り壊す予定でしたが、地域の皆さんが残すことを希望してくださいました。現在も作品は現地に残っており、宿泊者には食事も振る舞ってくださっています。地震で被害を受けた際も、現地の方々が修復してくださいました。

なぜこの作品が私にとって大切なのかというと、アートとは王や貴族などの特権階級や企業のものではなく、人々のものであると考えているからです。

(マリーナ・アブラモヴィッチ/「美術手帖」インタビュー記事より)

先日、地元のみなさんと恒例の雪囲い作業を行った。既に雪も降り始めた越後妻有はこれから長い冬が始まる。その間「夢の家」はお休みになるため、25年目の夢の家の運営はこれで終了となる。しかし「夢の家」の物語はこれからも続いていく。また来年ぜひ夢をみる体験をしに足を運んでほしい。集落のお母さんたちが変わらぬ姿で迎えてくれるだろう。


マリーナの訪問時の記録映像

Information

夢の家

  • 住所: 新潟県十日町市松之山湯本643
  • 営業: 不定休 (最新情報は作品ページ宿泊ページ参照)
    ※冬期休館
    ※見学と宿泊で営業日が一部異なる
  • 料金: [見学]一般400円、小中学生200円 [宿泊]1日1組 33,000円
つながる

最新ニュースやイベント情報、越後妻有の四季の様子、公式メディア「美術は大地から」の更新情報などを大地の芸術祭公式SNSアカウントで発信しています。