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特集 / ディレクターズコラム

大地の芸術祭あれこれ⑦(執筆8/4)

北川フラム(『美術は大地から』編集長 / 「大地の芸術祭」総合ディレクター)

4月29日から145日間にわたる「越後妻有 大地の芸術祭 2022」が開幕。それにあわせて、今回の新作や見どころや”あれこれ”を、総合ディレクター・北川フラムが綴る新連載「大地の芸術祭あれこれ」がスタート。

文:北川フラム

05 August 2022

7月30日から〈大地の芸術祭〉のいわば夏本番が始まりました。2、3の作品は修繕・制作中ですが、スタッフも可能な限りはりついて、コロナ対策をしっかりとやり、皆さんの来場をお待ちしています。来られた方たちの評判もよく、嬉しい限りです。

クワクボリョウタは、壊された前作の再制作について、7月17日に次のようにコメントしています。

—物が散乱する様子にはある種の美しさがある。

バラバラになった作品を片づけながらそう感じてしまった。

それは不謹慎で不都合な感情ではあるが、そもそも美しいと感じる気持ちは、物事の正しさと関係なく発動してしまう厄介なものなのである。

このバツの悪さを自分なりに納得するために、新しい作品を作らせてもらうことにした。

—この作品では乱雑に置かれた鏡の破片が、なぜか秩序だったモザイク模様を映し出す。それによって、一度は失われた秩序が、再び並べ直されることで新しい秩序を形作る、そのような状況を現出しようと試みた。
(作家コメント)

以上を享けて7月30日から9月4日までは新作〈エントロピア〉の展示、9月8日からは〈LOST#6〉の再制作展示となります。

クワクボリョウタ特別展示作品「エントロピア」(7/30-9/4)Photo Kioku Keizo

私は学校側と新潟市教育委員会に以下のことを伝えました。
・どう解決するか、子ども達は大人達を見ている。
・一般的な損害額は提示するが、そちら側に任せる。
・学校にクワクボ氏若しくは私が出向いて話かワークショップがしたい。

4月21日の破壊のあと、クワクボさんとは折にふれて話し合いをしてきました。それが 6月9日の氏のコメントになりました。

—まず、このような状況に僕が平気でいられるのは、多くの人が作品を愛してくれている ことを知ったからです。支えてくれている皆さんに感謝しています。

—暗い展示室で何が起こったのか、どうして生徒たちがこんなことをするようになったのか、自分はまだすべてを理解しているわけではありません。まだ中学生ですから、これからの発言や対応には注意深くありたいと思っています。考えてみれば、誰でも若いうちはちょっとした失敗をするもので、今回結果だけ見れば一線を越えていたかもしれませんが、それでも誰かに怪我を負わせたわけではありません。確かに作品は完全に破壊されましたが、物は物です。幸いこの作品に使われている素材は(その多くは現地の方に譲っていただいた織り機です)どれも修理や再生が可能なようです。しかも、作者はまだ生きていて作品を修復する気力も体力もあります。だから、物理的な面ではそれほど深刻な状況ではありません。

—それよりも重要なのは、生徒たちが内なる不満や怒りや欲望をさまざまな違った形で表 現できるように支えることです。これはアーティストの力ではどうにもならない。大人や学校、友だちや地域の人たちの協力が必要です。少なくとも自分は、修復を通じて、この事件が彼らや彼らのコミュニティ、そして芸術を愛する人々に悪い爪痕を残さないよう、最善を尽くしたいと思います。良い夏休みを迎えましょう!
(作家コメント)

これに対し、SNSを含め、皆さんの気持ちは嬉しかった。作品の復活とまた見たいという願望でした。20年の蓄積のせいでしょうか、大地の芸術祭ファンの意識は明らかに地域環境と現代、そこにある美術の働きについてしっかりとした視点をもたれているのだと心強く思ったことでした。

クワクボリョウタ「LOST#6」Photo Nakamura Osamu


新作公開

新作のお披露目です。まずモネでの中谷芙二子の霧の彫刻〈霧神楽〉。池の端から霧がラッセル車の進行のように対角線上に走ってくると思う間もなく中心地点からモクモクと積乱雲のように霧が立ち昇ってくる。そこから平行と垂直の交響楽のような変化が続く。実際に体験してみて、あっと言う間もない十分間でした。30分間隔なので何時行っても見られます。

中谷芙二子「霧神楽」

クリスチャン・ボルタンスキーの〈森の精〉はすがすがしいものでした。朝早く〈「森の学校」キョロロ〉の横から入っていったのですが、雑木林のなか、あちらこちらに白灰色の大きな幕が張られていて、そこに高い木立から光が射しこんでくる。スクリーンに木の幹や枝葉が揺れて映っている。地元の人たちの”目”もそれらの光や木の葉のゆらめき、ざわめきとともにやさしく揺れているようです。光や樹々や人の目や風がいっしょになって〈森の精〉なのだったと思えました。

クリスチャン・ボルタンスキー「森の精」Photo Kioku Keizo

枯木又小学校の作品とそこへ至る磯辺行久の〈昔はみんなたのしかった 文化人類学手法によるフィールド・ワークから〉はそこにあった施設や道が辿れ、今は消滅した小貫地域の生活を想像すると胸がつまります。

みやび「たましいのすがた/万物成長」(枯木又プロジェクト)photo Nakamura Osamu

リュウ・リケツ「夕方の校舎」(枯木又プロジェクト)photo Nakamura Osamu

芳木麻里絵「析出する光」(枯木又プロジェクト)photo Nakamura Osamu

磯辺行久「昔はみんなたのしかった 文化人類学手法によるフィールド・ワークから」photo Nakamura Osamu

ここから旧川西町のナカゴグリーンパークに回りました。〈里山アートどうぶつ園 —どうぶつたちのソーシャルディスタンス〉では、25人の作家の作品がそれぞれ力作であったり、ユーモアいっぱいだったりするのですが、私たちが動物を通して希求する世界が分かってくるのが不思議ですし、また気持ちが豊かになります。川西のダムから降りてくる元の川筋は河岸段丘によって作られたものですが、ここに赤いワイヤーで吊られた5つの立体があって、空や林や田を映して、青や緑、黄に輝いてゆっくり回っています。岩城和哉とゼミのスタッフによるものですが、これも快心の作だと思います。小松宏誠の〈あめのうた〉も美しいものでした。

「里山アートどうぶつ園」/菅原陸「抱っこ」Photo Nakamura Osamu

「里山アートどうぶつ園」/須佐美彩「たぬき地蔵」Photo Nakamura Osamu

小松宏誠「あめのうた」photo Kioku Keizo

十日町に入って来て、七和の深沢孝史の〈スノータワー〉は地域の元気とスノーダンプの成立を知り、新座の中﨑透の〈新しい座椅子で過ごす日々に向けてのいくつかの覚書(仮)〉は今は空家になってしまった地域の名家の戦後の生活が部屋のひとつひとつに包み込まれていて、それがモザイクのように構成され、家全体がまるごとそこに生き、かかわった人々が彷彿されてくるようで圧巻でした。

深澤孝史「スノータワー」photo Kioku Keizo

中﨑透「新しい座椅子で過ごす日々に向けてのいくつかの覚書(仮)」Photo Kioku Keizo

モネの作品は今までに書いてきたので省くとして西側の70mにわたる淺井裕介の壁画はやっぱり壮観です。お立ち台から見るのが楽しみです。また近くの元撚糸工場を間借りした富田紀子の〈琴線〉は織と織の精妙さが光を通して美しく構成されていたことを報告しておきます。

淺井裕介「physis」photo Kioku Keizo

他の新作では清田山キャンプ場奥の林の中にある増田啓介の〈木地師ミナライゴヤ〉が楽しかった。本業は建築家なのですが、木に魅入られているのでしょうか。手彫りのテーブルも子供の立身像も、苔を使った森のクマさんも楽しげでした。BankART妻有も、BankARTにかかわったアーチスト達が、家の中、外の随所に得意手を使って参加していてほほえましい。前回と同じように自転車を漕いでできたかき氷がふるまわれたり、この3月16日に亡くなられた池田修さんの美術好きに呼応して良かったです。

増田啓介「木地師ミナライゴヤ」photo Nakamura Osamu

増田啓介「木地師ミナライゴヤ」photo Nakamura Osamu

絵本と木の実では田島征三の新作です。夏の企画展覧会「いのちのケハイ~とわちゃんとシナイモツゴの物語~」はまたもや新鮮な展開でとても面白いものでした。

田島征三「いのちのケハイ~とわちゃんとシナイモツゴの物語~」Photo Nakamura Osamu

田島征三「いのちのケハイ~とわちゃんとシナイモツゴの物語~」Photo Nakamura Osamu


「語らいの家」特別公開

最後に芸術祭の参加作品と言うわけではありませんが、鉢の「絵本と木の実の美術館」のそばにある「語らいの家」の紹介をします。かつて鉢集落での民俗調査実習に参加した立教大学の学生たちが、民宿した家の尾身ミノさんという方に出会い、ミノさんが亡きご主人の生業をレポートした「木挽きの仕事と生活」という熱意ある調査に魅かれて関わりを持ったのが始まりです。ミノさんは自宅を展示資料室にすべくやってこられたのですが、病に倒れて療養生活となり、門脇洋子さんをはじめ地元の有志や学生たちがその意志を引き継いで「語らいの家」を立ちあげたのです。この資料室は木挽き職人自らが立てた家も資料も素晴らしいのですが、それを維持し開館している人たちのあたたかさが家に漂っていて素晴らしいのです。家の老朽化などで維持が難しくなり、この8月6日と21日にオープンされるのがこの家を見られる最後となりますので、是非訪ねてみてください。

「語らいの家」特別公開

ファイナル展「雪国に生きて」

【公開日】8月6日(土)、21日(日)11:00-16:00
【住 所】〒949-8561 新潟県十日町市姿甲2939-3
【料 金】無料/予約不要
公式サイト

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